
こんにちは!三和ペイント沖縄のマーケティング担当のマエザトです!
沖縄の街を見ていると、赤瓦の古民家もあれば、鉄筋コンクリート造の住宅や建物も多く並んでいて、沖縄県外とは少し違うこの景色には歴史や気候が大きく関わっています。
今回は、戦前までの沖縄の建物の特徴と、戦後に鉄筋コンクリート造が主流になっていった理由について、簡単にご紹介したいと思います。

<今回の記事を書いた人>
マエザト:マーケティング課/外壁アドバイザー
大体の記事を書いてる人。
ホームページや広告関連を主に担当。
戦前沖縄~琉球らしさの建物文化とは
戦前までの沖縄の建物は、琉球王国の時代から育まれてきた独自の文化を持っていました。
ただしそれらは沖縄だけで完結したものではなく、日本や中国、朝鮮半島、東南アジアなどとの広い交流の中で形づくられてきたものです。
特徴的な物として分かりやすいのがやはり「首里城」、中国の宮殿建築の影響や日本的な設計の考え方が見られるとされており、沖縄の建物はさまざまな文化を取り入れながら発展してきたことがわかります。
また、沖縄の伝統的な民家には、赤瓦・石垣・ヒンプン・雨端(アマハジ)といった特徴があります。
これらは見た目の美しさだけではなく、台風や強い日差し、雨、湿気といった沖縄の厳しい自然環境に対応するための工夫でした。
赤瓦は漆喰でしっかり固定され、石垣は防風の役割を持ち、ヒンプンは中国の影響を受けており目隠しと風よけ、そして魔除けの意味も込められ、雨端は日差しや雨を防ぎながら風通しを良くする役目を果たしています。

戦後沖縄~沖縄戦の早期復興と気候環境によるRC中心
沖縄戦によって多くの建物や街並みが失われ、戦前の建築文化は大きな断絶を経験します。
戦後の沖縄では、まず「住まいをどう再建するか」が大きな課題となり、その中で建物の主流は木造からRC造へと変わっていきました。
RC造が主流となった理由としては、
➀早期復興:木材不足の為、安価で手に入れやすいコンクリートの方が早い
②気候環境:台風やシロアリが多く対応するためにも木造よりも適している
上記の二点が主な物となります。
木造住宅は風害や虫害の影響を受けやすく、沖縄の環境ではより丈夫な建物が求められました。
米軍統治下でコンクリート建築の技術が広まり、公的な住宅政策や融資制度も後押ししたことでRC造の住宅が急速に普及していきました。
こうして沖縄ではRC造が新しい住宅スタイルという物から当たり前の風景、文化になっていきました。

おわりに
沖縄の建物は、もともと中国や日本などの影響を受けながら育った琉球建築の流れがあり、戦前までは赤瓦や石垣を活かした木造建築が中心でした。
そして戦後は、沖縄戦による喪失、台風や白蟻への対策、米軍統治下での技術導入などを背景に、鉄筋コンクリート造が主流になっていきました。
今の沖縄の外壁や建物を考えるうえでは、こうした歴史の流れを知っておくことも大切ですね。
そして、建物を守っていくためにもしっかりメンテナンスをしていきましょう(笑)
それではまた次の記事でお会いしましょう!!
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